未来社会のテクノロジーはどのようにあるべきなのか。これは多くの企業人にとって重大な関心事である。著者はインテルに雇用されているフューチャリスト(未来研究員)。与えられたミッションは「未来に対して実行可能なビジョン」を作ること。このミッションのために彼が用いているのが、SFプロトタイプ(SFP)と呼ばれる技法だ。
SFPでは、サイエンスフィクションを書くことを通じて、その技術の将来のインパクトを占う。SFで未来を占うことが可能なのかといった疑問はもっともだが、見当違いだ。SFPは未来の予言ではなく、未来との対話なのだ。SFPでは、想像ではなく現実の技術がベースとなる。SF作家にこうした技術が示されたうえで、SFストーリーが制作され、その技術によってどんな生活が近未来に展開されるかが描かれる。今ある、あるいは開発中の技術は未来にどのように具体的に用いられ、未来の生活として展開していくかを私たちはイメージできるのだ。そしてこのSFの成果が、再び技術者にフィードバックされ、技術開発に影響を与えていく。
例えば、7章の「ブレイン・マシーン」というSFPでは、主人のために、周りで起きていることを知りながら、知らないふりをして、ジントニックをいく通りも作る召使いロボットの話が出てくる。なんでもないような話にみえるが、その意味するところは深甚である。こうしたロボットを作るためには人工知能が複数の人格をもち、それらを切り替え、複雑な環境に適応するシステムを持たなければならない。人工知能の研究者にとっては、高度な自由意思を持ったロボットを作るとは、こうした周りの状況をわかりながらジントニックを黙々と作り続けるロボットを実現する、ということなのだ。
このように、事実から創作、さらに事実、という過程を製品開発の中で繰り返すことがSFPの方法の中心である。この方法論は決してわかりやすいものではないし、玉手箱のようにヒットがすぐ生まれる手法でもないが、今までにない視点が得られる手法であることは確かだ
原題=Science Fiction Prototyping